D51の制作に取り掛かった2011年(平成23年)、東京は王子駅近くの飛鳥山公園に静態保存されているD51853をまるごと採寸するために、図面や採寸道具の準備をしていた矢先、あの東日本大震災が起きました。余震が続き、福島第二原発事故による汚染騒動が深刻化しはじめたころ、関東からできるだけ遠方の食材を求めて東奔西走する母親たちの姿が、私の近辺でも日常的に見受けられるほどになりました。こうした光景を目の当たりにしなければ、たぶん、私が九州に行って食材を探すようなことはしなかっただろうと思います。また、長崎県では陸の孤島と呼ばれている南島原の地で、元青果市場の経営者と出会うこともなければ、廃棄寸前の、たくさんの段ボール箱にめぐりあうこともなかったはづです。
2013年(平成25年)、この中古の段ボール4000箱を使って「D51」は完成しました。(詳しくはホームページ「D51蒸気機関車原寸段ボール模型を作る」をご覧ください。)
使い古しの段ボール箱でD51を、次いで真新しい段ボールシートでC62を作るという順位は、以前から意図していたもので、段ボール機関車の制作をはじめたときには、すでに詳細な作業スケジュールが出来上がっていました。
D51は「デゴイチ」の愛称で呼ばれている日本を代表する機関車で、いわばヒーロー的な存在ですから、とくに子供たちを対象に、どの家庭にもある使い古しの段ボール箱を素材にしたいと考えました。たくさん集めたらこんなに大きなモノまで作れるんだ、ということを知ってもらいたかったからです。
2015年(平成27年)、大阪梅田のイベント(チャリウッド)で、阪急電鉄の前進、箕面有馬電気軌道と呼ばれていた時代の路面電車「阪急34形」を原寸で制作する仕事をお引き受けすることになりました。C62制作の予備段階として段ボールシートを素材に、様々な実験を試みました。そのときの成果を踏まえ、改良を加えて出来上がった「段ボールの加工原則」がC62の制作を通して更に高度な加工方法を生み出しました。考案した15の技術は応用範囲が広いので、段ボールを素材とする工業製品に利用していただきたいと考えております。
大阪梅田の茶屋町界隈が毎年5月、遊びの解放区になります。MBS毎日放送をはじめ、梅田近辺の企業が企画する町おこしイベント「チャリウッド」を開催します。2015年のイベントのテーマは「鉄道」。D51の展示とともに阪急34形を、地元の廃校小学校の体育館を使って、たった3ヶ月間で制作してほしいという無茶な計画をMBSから持ちかけられました。改造時(102年前)の図面3枚と残された数枚の写真を頼りに、2m×2mの段ボールシート(レンゴー株式会社提供)から切り出したノスタルジックな模型の基本構造を、C62の制作を前提とする試験的な制作と位置づけ、曲面パネル、片持ち梁など、多くの段ボール加工方法にチャレンジしてみました。その成果がC62に引き継がれ、更なる進化を遂げて今日に至っております。
C62の設計を開始したのは2015年(平成27年)秋。あれから2年の歳月が経ち、すでに6冊(約1000頁)の設計メモを残しました。設計方法を見直して、新たに考案した加工技術に基づいて制作することにしました。新品の段ボールシートから作る原寸模型(工業製品、技術開発のためのモックアップ)はいくつも作ってきましたが、機関車はこれが初めてです。
蒸気機関車はメカニックな部分がむき出しで、しかも台枠幅870mmの上に約3メートル幅の本体が逆三角形状態でのっかっている構造なので、これを段ボールだけでつくることは、どう考えてみても無謀であることは自明です。だから原寸大の機関車をどなたかが作ったという話はこれまでに聞いたことがありません。
制作にあたって、建築構造力学をある程度は知っておかなければならず、蒸気機関車の構造や運転の知識を持っていること、そして、段ボールの性質を理解していること、この三つの条件を満たしておかなければ、作ることはまず無理だと私は思います。
D51は使い古しの段ボール箱を素材に選んだので、制作には困難を極めました。段ボール箱を開いてみればお分かりのように、ふたを除いた胴回りの4面だけでは広い面を作ることはできません。別の箱の胴部分を互い違いに最低2枚以上重ねて貼りあわせ、けい線と呼ばれる折り目の部分の弱さを打ち消す必要があります。箱の大きさにもよりますが、1m×1mの面を作り出すのに、普通の段ボール箱(縦横高の合計長100cm程度の箱)で凡そ10枚ほど必要です。
張り合わすための接着剤は、練ったお粥と木工用ボンドを混ぜ合わせたもの。10ヶ月を費やしてできた原寸模型は、「現物を再現すること」に終始した結果、かたちはまさにD51そのもの。「張りぼて」部分も相当箇所にのぼったものの、それでも、原型のもつ「かたち」を損なわずになんとか完成に持ち込むことができたのは、模型材料としての段ボールを長い間扱ってきた建築の原寸模型製作の経験が下支えしてくれたからだと思っております。(少々自惚れがきついようですね)
C62の場合は、D51のときのように中古ダンボール箱を開いて重ね貼りする方式ではなく、軽量化を図る目的もあって、大きな1枚のシートをベースにして部材を制作することに傾注しました。しかし、想いとは裏腹に、硬くて強いシートを用いたために、ひとつの部材の重量はD51の2倍ぐらいになってしまいました。それでも、重量が大きくなっても、構造システムの単純化に成功したうえ、様々な工業製品に応用可能な加工方法を開発することができました。というより、工業製品に応用できるような加工方法をC62の制作を通して試験することができたと言うべきなのでしょう。
「工業製品化に向けた段ボールの加工方法の開発」こそがC62制作の真の目的だったのであります。
2017.09.20.
島 英 雄